※本殿彫刻が語る二十四孝のお話はこちらとこちらです(^-^)v
■ 天才俊表の仕事 田無神社本殿の正面に立って、まずご覧いただきたいのは全体の姿です。龍、獏、象、獅子や二十四考の説話の彫刻、繊細で多様な地紋彫りが建物の隅々にまで ほどこされています。それでいて装飾過多という感じがせず、むしろシンフォニーのように統合された世界がそこにあり、それがこちらに迫ってくるように感じ られるでしょう。迫力と静寂、一見相反する印象が心に浮かび、すぐにそれは荘厳さとして体感されるかもしれません。正面、向拝柱の地紋彫りひとつとって も、まるで木をこまやかに編んだ織物のように美しく、それ自体が完成された作品といってよいくらいですが、それでいて全体の造型と調和し、ハーモニーを奏 でています。また、それぞれの彫刻、とりわけ人物像の表情や衣服の表現に、木目の文様が巧みに生かされています。このことは、嶋村俊表の目には、素材の柱 や板木の中に、彫る前から彫り上がった造型が見えていたことを意味するでしょう。ここで皆さんは大理石の中に彫り上がったダビデ像を見ていたというミケラ ンジェロの逸話を思い出すかもしれません。 ■ 二十四孝図 本殿の壁面には二十四孝が彫られています。二十四孝は元の郭居敬(権吉祥、趙子固とする 説もあります)がまとめた、親孝行を説いた中国の逸話で、江戸期に庶民の道徳規範として流行したものです。すでに俊表は成田山新勝寺釈迦堂に二十四孝全て を彫刻しているので二十四 のモチーフのどれも得意としていたはずです。田無神社本殿には、これらのうち大舜図(本殿東面)、楊香図(本殿西面)、姜詩図(本殿北面、正面)が選ばれ ています。この選択には、坂口光治氏が述べるように下田半兵衛(富宅)の意思が強く働いていると考えられます。また賀陽玄順による助言も大きかったで しょう玄順と俊表の親交は厚く、玄順は俊表に亡父玄節の乾漆像を依頼しています。この乾漆像裏面の玄順による墨書から、伊 東龍一氏は俊表を歴史的に明確に位置付けました(1995年)。 大舜図とは孝に厚く、徳の高い舜を見込んで、時の皇帝尭が帝位を舜に禅譲したという話です。 ここから禅譲という言葉が生まれたと言われています。下田 家も善政を行なうために、富永が富宅の人物を見込んで養子とし、家督を禅譲していますが、富宅はそうした禅譲の精神を大舜図に見出し、俊表に依頼したのだ ろう、と坂口光治氏は述べています。 楊香 図は、襲ってくる虎から父親を助ける女子の勇気と孝行を描いたものです。ここに、富宅の妻の姿を見ることができるかもしれません。また、風雲急を告げる幕 末の時勢に直面し勇気を奮って対峙した、富宅をはじめとするこの地の人々の気概が描かれているのかもしれません。 姜詩 図は本殿北面と正面に彫られています。二十四孝の中で湧き水に関連したテーマを扱っているのは姜詩図だけです。正面見上げという最も神聖な個所に描かれて いることからも、この図がメインテーマであることが察せられます。そこには供を連れた貴人が、柄杓で水を汲む姜詩に出会うという不思議な図が描かれていま す。第一章でも述べたように、この地の人々のルーツは谷戸です。そして、そこは尉殿大権現田無神社のルーツでもあります。そこまで生活用水を汲みに行った 先祖達の苦労へのねぎらいと、本来は水の守り神である尉殿大権現への厚い信仰が、姜詩図を通して描かれているのかもしれません。 姜詩図の説話では姜詩の妻の孝行が報われ、庭に水が湧き、毎日二匹の鯉が現れますが、 実は鯉が本殿のテーマ全体をつなぐ担い手になっています。正面最下部の浜縁には鯉、側面には滝が彫られています。そして、見上げると、滝を登った鯉がつい には龍神の尉殿大権現になり、天空を飛翔するという雄大なテーマが迫真の勢いで彫られています。このように、部分部分のテーマが互いにつながり、響きあ い、壮大なシンフォニーとなっているのも田無神社本殿の特徴なのす。 ■ 民の力によって造営 最後に建築費に触れましょう。川越氷川神社本殿は総工費約二千両、成田山新勝寺釈迦堂は 総工費約一万八千両です。ところが、田無神社本殿の彫刻を俊表は約二百両という破格の安値で請け負っています。もちろん、田無神社本殿の場合は、総工費で はなく彫刻のみの費用なので、単純に比較できませんが、それにしても桁違いの価格です。これはいったい何を意味しているのでしょうか。 田無神社本殿は上部 組織からの依頼によって造られたものでなく、名主下田半兵衛富宅を中心とした民の力によって造られたものであることが、桁違いの価格の違いから推察され る、と坂口光治氏は述べています。富宅、玄順をはじめこの地の人々の志、心意気に感じた俊表が、破格の安値で請け負ったということは十分にありうることだ と私も思います。
解説:宮司 賀陽濟(かや・わたる)
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