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少彦
名神社
御祭神 少彦名神(すくなひこなのかみ)
古事記では神皇産霊神(かみむすびのかみ)の御子とされる。
輝く船に乗り、蛾の皮を着た親指程の小さな神として大国主命
の前に現れて共に国土の建設に尽
力された。
主に病気の治療にお力を顕されたので医薬の祖神とされる。
御利益:病気平癒 身体安全
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津嶋
神社
御祭神 素戔嗚尊(すさのおのみこと)
『古事記』では黄泉の国から帰った伊耶那岐命(いざなぎのみこと)
が禊祓で鼻をすすいだ時に産まれた神とされ『日本書紀』では伊耶
那岐命と伊耶那美命(い
ざなみのみこと)の間に出来た御子とされ
ている。櫛名田姫(くしなだひめ)を助ける為に八俣大蛇(やまたの
おろち)を退治した英雄譚は有名。他にも神話に
おいて数々の活躍
を見せる。
御利益:疫病除け 子供の守護 農神・家畜の守護 |

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弁才
天
御祭神 須勢理比売(すせりひめ)
七福神の一柱。元来は天竺の神であったが中世以降、海上安全
の神である、宗像三女神〔多紀理毘売命(たきりびめのみこと)・
市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)・多岐都
比売命(たぎつ
ひめのみこと)〕等の神々と習合して行き神社で祀られる様になる。
知恵と技芸の神であるが次第に「弁財天」と表記され財運を司る
性格も加味され
た。
田無神社の弁才天は須佐之男命の妃・須勢理比売(すせりひめ)
を祀る特殊な信仰形態を持つ。
御利益:語学・技芸の上達 財運向上 |

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野分
初(やぶそめ)稲荷
御祭神 宇迦之御魂(うかのみたまの)神
食物の神であり「御饌津神」(みけつのかみ)とも呼ばれる。
中世の頃から狐が稲荷神の眷属(けんぞく)であるとさ
れる
様になった。豊作を祈念する穀物の神であったが各種商業
の発達に伴い、その御利益は農業に限らず殖産興業並びに
商売繁盛、開運招福、屋敷の守護神など、多
彩な性格を見せ
る様になった。田無神社の野分初稲荷神社は室町時代から
の永きに渡ってこの近辺で崇拝されて来た古社である。
御利益:豊作祈願 各種商売繁盛 福運招来 |

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煩大
人(わづらいうし)神社
御祭神 煩大人神(わづらいうしのかみ)
伊耶那岐命が黄泉の国から帰還して筑紫の日向の橘小戸の阿波
岐原(あはぎはら)で禊をされた時、投げた衣から化生した神。
着ていた衣服は煩わしさの象徴であり、煩大人
神は本来厄病神の
一柱に数えられるがお祀りする事で除災の神となる。
御利益:災い除け |

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鹽竈
(しおがま)神社
御祭神 塩土老翁神(しほつちのおぢのかみ)
海の神。山幸彦(やまさちひこ)が海幸彦(うみさちひこ)の釣り針を
無くし困っていた所に現れて助けた神とされる。他にも神武天皇に
大和の話を伝え東征に
お導きになったとも記され、航海や遠征の
守護神的な側面を持つ。境内にある数々の賽銭箱の内、この鹽竈
神社の賽銭箱にだけシジュウカラが例年の様に春、巣
を作るのは
真に不思議である。
御利益:安産 虫封 |

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恵比
寿大黒殿(えびすだいこくでん)
御祭神 大黒様:大国主命(おおくにぬしのみこと)
恵比寿様:少彦名命
大国主命は素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御子とも天之冬衣神
(あめのふゆぎぬのかみ)の御子とも言われる。水田や山林の開拓
等、我が国の国土経営に努
められ国造大神(くにつくりのおおかみ)
と称せられ後に幽界(かくりよ)を司る神となる。
少彦名命と共に畜産や医療にもお力を顕現されている。
御利益:家内安全 病気平癒 身体安全 家畜守護 |
田無神社五龍神
田無神社の五龍神は、尉殿大権級津彦命(しなつひこのみこと)、級戸辺命(し
なとべのみこと)ある金龍を
中心として各龍神が一体となり方位守護を始めとする
様々な御神意を表しており、各龍神の働き・色・位置
等は全て古代中国の五行思想に基づいてお祀りされている。これは万物の根源を木火土金水の計五種類
の属性に求める思想が、習俗として田無神社の御祭神である龍神に次第に結びついて完成されて行った
独自の信仰形態であると言え
る。
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青龍
東方並びに樹木・風の守護神 春を象徴する
他に庭園・話術・音楽性・積極性等に関する事を司り、
新芽が出る様に発展へと導く。 |

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赤龍
南方並びに火の守護神 夏を象徴する
他に書斎・学業・勝負事・昇進等に関する事を司り灯火の
様な先見の明を与える。 |

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金龍
中央並びに大
地・豊穣の守護神 土用を象徴する
他に家庭運・頭領運・事業運等に関する事を司り大地に
根ざす様な基盤を作れる様に導く。
※本殿の中に合祀されています。
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白龍
西方並びに金属の守護神 秋を象徴す
る
他に倉庫・金運・飲食・結婚運等に関する事を司り鉱脈を
掘り出す様な収穫へと導く。 |

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黒龍
北方並びに水・雨の守護神 冬を象徴
する
他に厠・浴室・健康運・夫婦運・交際運等に関する事を司り、
流水の様な新鮮な気を保たせる。 |
| その他 |

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楠正
成公(くすのきまさしげこう)像
南北朝時代、後醍醐天皇の命を受けて挙兵し幕府と干戈(かんか)
を交え戦の神と崇められる。その子孫が保谷に移り住み田無神社
の分社である尉殿神社を守護
した経緯から何時しか田無神社の
境内に石像が祀られる様になる。戦に臨む兵士は武運長久を祈念
し、石像の一部を砕いて持ちお守りとしたと言う。 |

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戦役
者慰霊碑
本来は日露戦争の凱旋(がいせん)記念として建立された記念碑
であったが、現在では西南戦争を始め日清戦争、日露戦争及び
大東亜戦争等に係わる全ての戦役
者・戦没者の慰霊碑として祀
られている。
当社の石碑は日露戦争の総司令官・元帥・公爵である大山巌に
よる書である。
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